縄文叙事詩ホツマツタヱ

検証ほつまつたゑの編集長とらさんがリリース

【ホツマの論点】六根清浄 どっこいしょ わっしょい 五輪 おもてなし <104号 令和元年8月>

 山岳信仰で「お山参り=登拝」を行う民間宗教では、登拝の際に「掛け念仏」という一種の号令を掛けあいながら険しい山道を踏みしめていく、と云う情景がみられます。「サンゲサンゲ 六根清浄」「六根清浄 お山は快晴」などと、指揮者である先達の掛け声に合わせて供奉衆が、声を合わせます。

 この「六根清浄」は、専ら仏教語として、つまり「眼・耳・鼻・舌・身・意」の六つの感覚器から入る「ケガレ」を浄化し、精神を清浄に保つ工夫、修行として理解されています。欲や迷いを断ち切る、精神論です。

 ところが、ホツマには「ムクラ(六臓)」「ムワタ(六腑)」「ムハシ(六端)」「ムツネ(六根)」「ムムネ(六宗)」などの用語があり「五臓六腑などの内蔵説」「頭、胴、両手両足など人体説」「チャクラ説」など研究者により諸説ありますが、いずれにせよ「心身すみずみ」を総括するところの「六」を表現するようです。「六」で全体。精神だけでなく肉体も(と云うか心身一如)。お山に登り、「心身すべて清浄」になれるなら素晴らしいですね。

 「どっこいしょ」と云うかけ声が、実は、この「六根清浄」に由来するという解説を、仏教者が行うのをよく見かけます。年を取るにつれ「六根清浄」が難しくなるから、頻繁に使うようになるのかしら。閑話休題

 かけ声と云えば、夏の御神輿の「わっしょい」と云うかけ声のもとは何でしょう。「和して背負う」説、「ヘブライ語「主の救い来る」説、その他俗説色々あるようですが、「和」が基本と、ホツマ愛好者としては認めたいところ。神輿の精神に通じます。「和し良し」語源説もあながちこじつけとは思えません。

 さて、来夏は五輪。猛暑の東京で「おもてなし」が出来るのか気になるところですが、この「おもてなし」。「もてなし」の丁寧語説、「表裏なし」説が有名ですが、こちらも「和を以て為せ」語源説があります。主人が家来衆に対し、来客への対応を「和」で為せ(友好第一で為せ)、と指示する用語が「和を以て為せ」であった、とのこと。五輪開催に向けて、聖徳太子精神、ひいてはホツマ精神を高揚していきたいですね。

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やがて来たる冬には感染禍が吹き荒れるなどとは知らない令和元年の夏。巻頭論考は、清々しい高揚感に包まれていて、振りかえると感慨深いものがあります。

六根清浄や、わっしょい、おもてなし、などの言葉の根っこについて考えてみた小論です。われら日本人のこの清涼な精神性は、いったい何に由来するのでしょう。その教えは、もちろんホツマが伝える『斗の教ヱ』にあるのでしょうが、日本人の起源そのものにも秘密があるのかも知れません。

応援している吉野さんの日本人起源論 ↑ 「古代のユダヤ人」と云う表現は、誤解を招きやすいので注意が必要です。「ユダヤ教の成立前の/バビロン捕囚以前のユダヤ人」とするか「古代ヘブル人」とするか、でもこれも定義が定かではありません。ともあれ、一神教ユダヤ以前の民ですね。