縄文叙事詩ホツマツタヱ

検証ほつまつたゑの編集長とらさんがリリース

駒形一登 全仕事 0025

床入り     2013-01-13 01:27


「とこ」は、けっこういろんな意味を持つ言葉である。
まずは「床」。これは「下にあるもの・底」「下に置くもの・下敷き・土台」である。

「寝床」は「寝る時に下に敷くもの」で、「ベッド・ふとん」である。
「土台として何かを下に敷く」と、結果としてその分だけ底面が浮き上がる。

だから「一段高く設けた所」も「床」と言う。「床の間」などがそれである。
考えてみると「家の床 (ゆか)」も、地面から浮き上がっている。

クニトコタチやトコヨの「とこ」はどういう意味であろうか。
この「とこ」は「とく (疾く)」の名詞形で、「早まる・急ぐ」などの意である。
「とっくの昔」の「とっく」と同じである。
だからここでの「とこ」は、「早」「earliness」「草創」などの意味である。
ただし上記の「土台」の意もからませているとは思う。

また「とこ (常)」がある。
これは説明が難しいが、やはり「とく」という動詞の名詞形なのである。
これに当てる漢字が無いのだが「つく (付く・継ぐ・接ぐ)」と姉妹で、「合う・つながる・続く・連なる」の意なのだ。
だから「とこ (常)」は「途切れず連続するさま」の意なのである。

また「とこ (所)」もある。
これは場所や位置を表す語尾の「と」「こ」を連続してつくった語である。
「と (戸)」: かまど (竈)・いど (井戸) など。
「こ (処)」: あそこ (彼所)・みやこ (都) など。

それに、「ろ (路)」: やしろ (社)・なわしろ (苗代) など。
を加えれば「ところ (所)」になる。
「ころ (頃)」「とき (時)」なんかもファミリーだ。

前置きが長くなった。本題に入ろう。

だから「とこいり (床入り)」とは「布団に入る」という意味である。
しかしこれは表向きの意味で、実は裏の意味があるのである。

「とこ」は「とく (溶く・融く)」の連用形の異型で、「合わす・交える・和する」などの意。
「いり」は「いる (入る)」の名詞形で、「いる」も同じく「合わす・交える・和する」の意。
つまり「とこいり」は「溶け入る」の名詞形で、「融合・融和・調和・合体」などの意なのである。
そしてこれは「男女が溶け合うこと・男女が合体融合すること」なのである。

「床入り」の前に飲むのが「とこみき (床酒)」で、これも男女を「溶かす酒・融合させる酒」の意であるが、「ささみき」とも呼ばれている。「ささ」は「繁々・騒々・壮々・誘」の意で、「気分を高める酒・興奮させる酒・その気を起させる酒」の意。

そして男女の融合・調和によって、子供が生まれる。(融合・調和=繁栄)
この等式を拡張すると、世の繁栄のためには融和・調和が必要で、その調和を得るためには「経 (法)」と「矛 (戒)」が必要であると言っているのである。

ホツマの記述を見てみよう。

『女神 まず 飲みて進むる 後 男神 飲みて交わる 床の酒』ホツマ2文

『二神の 交わる時に 床酒や 床は経矛に 子をもとむ』ホツマ2文

『天の守より 二神の 七代の幹も 経矛法 子を調ふる 床酒の 法 以て』ミカサ2文

『床酒は先ず 女が飲みて 後 男に進む 床入の 女は言 挙げず 男の装い 女が知り 婚ぐ』ホツマ4文

『子を調ふる 床酒は 国 生む道の 教えぞと』ホツマ4文

参考サイト:やまとことばのみちのく
     :http://gejirin.com/hotuma02.html
     :http://gejirin.com/hotuma04.html

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コメント

「床入り」

キター

宏道 | 2013-07-08 21:50 |

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トコとトク(融く)
イリとイル(合る)

床入りに秘められた重層的な官能哲学に驚愕です。理趣経密教秘儀の淵源は、あんがい本朝のおおらかな風儀に根っ子があるのかもしれませんね。

ホツマの秘伝を本朝の修験諸流につながる何者かが護持してゐた形跡を各所に見出しますが、修験のかれらが「清僧」ではなかつたところに、かれらのヨリドコロをみる気が致します。

仏経典を極めれば女人忌避は避けざるを得ないのに、敢えて妻帯を択ぶ。伊勢の道は、修験の(隠された)第一戒律であったのかも。

尤も、肉食妻帯が常態と化した今日の日本仏教界の腐敗をみると、なんだかな、の思ひもいたしますが、、、

宏道 | 2013-07-21 12:28 |

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 2アヤの核心「床入り」を駒さんが解説します。
 「トコ」には、「床」「常」「所」の3つの意味があると解きます。さらに「疾コ」すなわち「急いで/留まらぬ速さで」と云う意味と「熔コ」すなわち「融けて/ひとつに混ざり合って」と云う意味が内包されていると、駒さんは指摘します。
 つまり、「床入り」とは、ふたつに分かれていた陰陽・メヲ・女男が、再び、「大地に抱かれて」「永遠のつながりを求め」「高まる情熱に時を忘れて」「熔けて交じりあり」「めくるめく和合をなす」「聖なる斎庭」であると見るわけですね。なんとも匂艶な世界です。
 そこには、「征服」も「従属」も、「欲望」さえありません。「充実」と「至福」の世界が拡がっているのです。あこがれますね。

 仏教やキリスト教の説く聖職者の道とホツマが説くアメナル道が、いちじるしく異なる点は、この「床入り」の捉え方にあると、とらさんは常々感じ入っております。

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寝床は美しく、清々しくありたいものですね。 と云うわけで ↓