駒形一登 全仕事 0021

住吉神 2013-01-11 19:21
「住吉神」は「住吉三神」と混同されている。
住吉三神は、イザナミが筑紫のアワキで禊した際に生んだ、ソコツツヲ (底筒男命)・ナカツツヲ (中筒男命)・ウワツツヲ (表筒男命) の三神を言うのだが、住吉神はそれとは別である。
また住吉神・住吉三神は、「かみ」といっても意味は「神」ではなく、「守」である。大岡越前守 (おおおかえちぜんのかみ) の「守」と同じで、地方の一地域を治める国守をいう。
ホツマの記述を見てみよう。
『筑紫アワキの 禊には ナカ川に生む 底ツツヲ 次 中ツツヲ 上ツツヲ これ カナサキに 政らしむ』ホツマ5文
これは「イザナギが筑紫のアワキ地方を清掃 (平定) して、底ツツヲ・中ツツヲ・上ツツヲの3人を国守と定め、さらにカナサキという人物にその3国を統括させた」というような意味である。
住吉神とは、この「カナサキ」をいうのである。
カナサキは二神 (イザナギ・イザナミ) の最重臣の一人で、イワクス船に流されたヒルコをヒロタ宮に拾い育てた人物である。このカナサキがどうして住吉神なのか?
それは「すみよし (住吉)」がどういう意味なのかが鍵となる。
ホツマでは「ツクシ (筑紫)」を「ツキスミ」とも呼んでいるのであるが、スミヨシの「スミ」は、ツキスミの「スミ」なのである。
「ヨシ」は「ヨス (寄す)」の名詞形で、「ヨス (寄す)」は「合わす・集める・まとめる・治める」などの意。
よって「スミヨシ」とは、「ツキスミを寄す者」「筑紫をまとめ治める者」という意味であり、上のホツマの記述そのまんまの名なのである。
「スミヨシ」には「スミヨロシ」と「スミノヱ」のバリエーションがあるが、いずれも意味は同じ。
カナサキは、古事記には「宇都志日金折命 (ウツシヒカナサク)」という名で登場する。ホツマにその名は出てこないが、カナサキを表す別称として「日を写します大老臣 (ヒオウツシマスヱヲヤトミ)」というのが出てくる。
どうやら「宇都志日」は「写し日」の意らしい。
この名は、カナサキが二神に引き続いて、アマテル神に仕えた時に賜ったもので、やはり筑紫の統治を司る役名であった。
「日」は、「日の神」とも呼ばれるアマテル神の威光を意味する。
だから「写し日カナサク」「日を写します大老臣」とは、アマテルの威光を写して地 [筑紫] を照らすカナサキ/大老臣、という意味となる。
ホツマにはもう一人「ウツシヒカンヲチ (写し日代治人)」というのも出てくる。
これはツハモノヌシ (兵主) がアマテル神から賜った役名であるが、アマテルの威光を写して地 [磯城県] を照らす代治人、という意味である。別称「アナシウオカミ (穴師治守)」ともいう。
カナサキはシマツヒコ-オキツヒコ-シガヒコを先祖とする。この一族は「船魂」とも言い、はじめ近江の高島付近を治めていたらしい。安曇川に泳ぐ鵜をヒントに船を開発し、海に乗り出し、九州北部の海岸部に新天地を見いだしたようだ。近江と筑紫で同じ地名が頻出するのはこのためだと思う。カナサキ・アヅミ・ムナカタは皆同族である。
筑紫には、ツツヲ族・ワタツミ族 (これらは天鏡尊の末だと思われる) 等の先住の国守がいたが、ここにアヅミ族が近江からやって来て筑紫の支配に参画する。その後オモタル時代の末期には、筑紫の統治機構は機能しなくなる。そしてイサナキの時代に、アヅミ族の枝姓であるカナサキ・アヅミ・ムナカタ等が、中央からの委任を受けて九州全土を統括するようになったのではないかと推測している。その後、ツツヲ族・ワタツミ族・アヅミ族は互いに姻戚関係を結び、同化していったのだろう。
カナサキの娘のハヤアキツ姫 (速秋津姫) は、アマテルの妻の一人となり、アマツヒコネ (天津彦根命) を生んでいる。
カナサキの孫には、ホタカミ (穂高見命) やハテツミ (海神豊玉彦) もいる。
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コメント
本稿に取り上げられる神々は「消される神々」で御座います。その命脈の興亡が、薄皮をはぐが如く慎重に按じられることを待ち望んでゐます。
さて、博多住吉神社は筑前一之宮。浪速の住吉に総本社の格を奪われていますが。実に尊い。天神の名称は、水鏡天満宮にのみ由来するとは思へない。
博多の夏と云へば、博多祇園山笠。素盞嗚神を祭るまつりといはれるが、元となるお宮「櫛田神社」の主祭神は素盞嗚神の比女神の櫛稲田姫では御座らぬ。
伊勢神宮外宮すなはち豊受大神宮の禰宜家度会氏の祖先ワカコ親子をお祭りしています、、、といふ真実を
本ブログ主さんにご教示いただきました。
本来は、7月望月の神祭りが起源でせう。
宏道 | 2013-07-07 22:14 |
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住吉神に関する、駒さんの論考です。
住吉神は謎多き神様です。大阪の住吉と博多の住吉と、どちらが古いのか、とか、何故それほど長寿だったのか、とか、安曇一族や宗像一族との関係だとか、いろいろ論じるテーマがあります。
駒さんは、「スミ ヨシ」の語源を探究し、「スミ」が「ツキスミ」の「スミ」である点に注目します。「ツキスミ」とは「月隅/尽き隅」すなわち「筑紫=今の九州」に当たります。(とらさんは九州北半分、と考えていますが)
その「筑紫」を「ヨス」ことをアマテル神から任じられた(ヨスことを命じられた)神が、スミヨシ神なのです。
論考はさらに進み、古事記における「宇都志日金折命 (ウツシヒカナサク)」と云う名前の神様を読み解きます。ホツマを読解すると、日本書紀や古事記の記述の真意が謎解けるという実例です。(詳しくは本文を!)
さて、さらに、重要な指摘があります。
>筑紫には、ツツヲ族・ワタツミ族 等の先住の国守がいたが、ここにアヅミ族が近江からやって来て筑紫の支配に参画する。< と云う駒さんの解釈です。
駒さんは、> (これらは天鏡尊の末だと思われる)< と考察されています。つまり、九州には先住の神々が元は居たのですが、そこへアマテルの勅命でカナサキ(住吉神)を筆頭とした近江国本貫の船魂神(海人族)一族が派遣されたのです。
このことは、(駒さんは指摘していませんが)アカホヤの大噴火による南九州縄文人の壊滅的被災と関係する出来事です。駒さんは、「先住の国守」をアメカガミの末裔と観ていますが、とらさんは大噴火被災一族の末裔である可能性も高いと考えています。
この認識は、後代の海彦山彦物語、景行天皇やヤマトタケの西征や、はたまたホツマ時代以降の「大和国」と「倭国」とのせめぎ合いにも関係する大切なポイントになります。
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本論とはまったく関係ありませんが、 ↑ 熱海で「大切な祈り」をご一緒した張陽さんがYouTubeに復帰されていらっしゃいます。「HaranoTimes」さんや「カナダ人ニュース」さんとともに、トランプさんの再起を信じ続けていた同志です♡