縄文叙事詩ホツマツタヱ

検証ほつまつたゑの編集長とらさんがリリース

駒形一登 全仕事 0020

天鳳堂は人形師・平安天鳳作 手作り雛人形の製造元です

 

ひなまつり     2013-01-11 02:12

ホツマは伝える。

初めに地球へ降誕した神はミナカヌシ (天御中主神) であった。
ミナカヌシは地球に万子を生み、「ト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メ」の八御子を世嗣として、地上の八方に下らせて治めさせる。その次に「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の、ウマシアシガヒヒコヂ神 (可美葦牙彦舅神) の十一神が世を治める。それを八方のクニサツチ (国狭槌尊) が継ぎ、さらにその御子のトヨクンヌ (豊斟渟神) が世の治めを引き継いだ。

彼らは肉体をもった人間として地球に生まれているのだが、現在の人間とは大きく異なっている。まず彼らは男女の区別がなく陽陰両性をを併せ持った人間だった。だから子供を生むといっても男女の結合による生殖ではなく、いわば単性生殖だったのである。

また彼らは数百万年の寿命をもっていた。(寿命は時代が下るにつれて短縮していったが。)

ミナカヌシからトヨクンヌまでを総称してクニトコタチ (国常立尊) と呼ぶ。
また彼らの時代をトコヨ (常世) といい、ミナカヌシ降誕以来3,000万年におよんだ。

ここで大きな変化が訪れる。
トヨクンヌの世嗣となったウヒヂニ (泥土煮尊) は、陽陰両性ではなく男性として生まれてきたのである。
ウヒヂニは、越前国の日野山の山頂の宮に木の実をもって生まれてきた。同じ頃、スヒヂニ (沙土煮尊) は女性として生まれてきていた。

(注:ウヒヂニスヒヂニは、どちらもトヨクンヌの御子だと推測されるが、ホツマツタエには明記はされていない。兄妹だったと考えるべきだろうか。)

ウヒヂニが生まれ持って来た木の実を、宮の庭に植えると三年後の三月三日に、花と実が百々 (たくさんの意) 成ったので、その木を「モモ (百々・桃)」と名付け、ウヒヂニスヒヂニの幼名をそれぞれ「モモヒナキ」「モモヒナミ」とした。

「モモ (百々)」は「豊富」の意に加えて「三・三」の意味もある。
「ヒナ (雛)」は「未熟」「青春」の意。
「キ (木)」と「ミ (実)」は、それぞれ「陽・男」と「陰・女」を意味する。

琵琶湖の南岸地域を治めるスクナミ (少名御神) という守が、初めて酒をつくる。
モモヒナキとモモヒナミが成人した後の三月三日、これを御酒 (ミキ) として献上する。

二人は、宮の庭に植えた桃の花の下で、その酒を酌み交わす。
器に注いだ酒に逆さの月が映り、優雅な雰囲気を醸し出す。
まずモモヒナミが飲み、気分が高揚する。次にモモヒナキが飲む。(三三九度)
そして夢心地の二人はついに結ばれるのであった。

身も心も燃え上がった二人は翌朝、その熱さを川の水で冷ます。
そこでモモヒナキは衣の袖を大きく水に浸して濡らす。モモヒナミは袖を小さく濡らす。
これにより二人はそれぞれ、ウヒヂニ (大浸濡) とスヒヂニ (小浸濡) に名を改めたのである。

この時の二人の装束が雛人形のモデルとなっている。
男は、冠と大袖と袴。 女は、小袖と上被衣 (うわかづき)。

君 (キミ) というのは天皇を指す言葉だが、これの源はモモヒナキとモモヒナミの夫婦である。男女一対で君 (キミ) なのである。また天皇のことをウズ (珍) とも表するが、これもやはりウヒヂニスヒヂニが本源なのである。

この一対のキミに倣い、諸臣も諸民も結婚するようになった。

世の人に男女が生じたこと、また男女が和合して子を生むということを、人間は当前のことと思っている。
雛祭とは、男女が和合でき、しかもそれが繁栄をもたらすいう喜びを、改めて思い起こし、尊ぶ祭なのである。

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ずっと時代は下って、雛祭の精神が世から失われつつあった頃、オオナムチと別れたスクナヒコナ (少彦名命) は諸国を巡り、カダカキの演奏に合わせて、美しい雛祭の由来を語り広めた。
最後は加太の浦に至り、そこで世を去る (淡島願人・淡島殿)。
スクナヒコナと雛祭の関係は、和歌山市の加太淡島神社 (カダアワシマジンジャ) に垣間見ることができる。

雛祭にまつわる「桃」「御酒」「三三九度」「雛人形」などが、現在もまったく失われずに残っているというのは、ある意味驚異的だと思う。ウヒヂニスヒヂニの時代というのは太古と言える時代であり、2000年や3000年前というレベルでは無いからである。これはスクナヒコナの功績だろうか。

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コメント
天神4代のおふたりは、ヒナルノ岳(現在比定地のひとつ:福井県越前市萱谷町の日野山)の麓にある神宮(日野神社)の庭に二人で木の実を植へ、芽生えて三年後に花を咲かせ夏に実をつけた。たくさんの実がなったので百(もも)の木と名付けられた。桃の節句の由来で御座います。
赤坂研究会代表の今村聡夫は、相模一宮寒川神社のご祭神をウヒチニ・スヒチニの夫婦大神であらうと詳細な論考をあげてをられます。
十数基の神輿が集結し、浜降りの神事をおこなう寒川神社の浜降り祭りは、海の日に開催、今年もまもなくで御座います。
宏道 | 2013-07-07 21:19 |

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 もうすぐ弥生三日。ひな祭り(新暦だけど)の日です。駒さんのひな祭り解説。これは、ホツマツタヱ40章の内、第二章(アヤ)「あめななよとこみきのアヤ」の解説でもあります。
 第一章(アヤ)が、和歌の起源とワカ姫の物語で始まったホツマツタヱ。この第二章で、はじめて天地開闢からの歴史が紐解かれます。根源神アメノミヲヤ神(天御祖神)の意志を受けて地球に降り立ったクニトコタチ神からの天七代の物語が、簡潔に語られますが、劃期は、第四代のウビチニとスビチニの時代です。
 何故、劃期と云えるかというと、三代まで「ひとり神」だったものが、ウビチニとスビチニの四代目になってはじめて「めおと(妻夫)神」となるからです。

 「ひとり神」という不思議を、駒さんは、
>まず彼らは男女の区別がなく陽陰両性を併せ持った人間だった。だから子供を生むといっても男女の結合による生殖ではなく、いわば単性生殖だったのである。<
と、簡潔に案内していますが、「???」ですね。ミジンコかって!
 ホツマ研究者のなかには、この変化を「群婚」「乱婚」から「家族の発生」と結びつけている方が多いです。「結婚制度」が始まったのだと。
 とらさんは、ちなみに、この変化は、地球外生物と地球上生物との交合の創始と観るのが自然なのでは無いかと考えています。

 ひなまつりの起源と「桃」が、深く関係するところは、見逃せません。昨晩、オンラインの「神話サロン」で、神木優さんの「神話でひもとく桃太郎」を視聴させていただきとても素晴らしかったです。

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と云うわけで、本論とは直接は関係しませんが、無関係とは云えず、しかも大切なテーマの動画をご案内します。 ↓