縄文叙事詩ホツマツタヱ

検証ほつまつたゑの編集長とらさんがリリース

駒形一登 全仕事 0003

一登の愛した風景

ミナカヌシ

2014-02-02 22:35

古事記では「アメノミナカヌシ (天御中主神)」が最初の神として登場する。一方日本書紀では「クニトコタチ (国常立尊)」が最初に出てくる。
 
この不一致は実は矛盾ではない。長らく悩んだが、ホツマの記述を注意深く検討した結果、ミナカヌシは最初のクニトコタチであることがわかった。


悩んだ理由は、ホツマ・ミカサにおいてさえもミナカヌシとクニトコタチの関係は、わかりにくいからである。
 
クニトコタチと対になる「アメトコタチ (天常立尊)」については比較的はっきりと説明されていたことがヒントとなった。
 
天に還ったクニトコタチをアメトコタチと呼ぶのだ。


天に還れば ミナカヌシ 及びヱヒタメ トホカミも 
天に配りて 星となす アメトコタチの 神はこれ  ミ6文
 
ミナカヌシとト・ホ・カ・ミ・ヱ・ヒ・タ・メの8神を総称して「トコタチ」と言い、彼らが地上にある時の名が「クニトコタチ」、天上界での名が「アメトコタチ」なのである。


ところが「トコタチ」は「先駆者・先発者」というあいまいな語義で、平たく言えば「昔の神様」だから、場面場面によってトコタチの範囲が異なるのだ。
 
前述の9神に加えて「キ・ツ・ヲ・サ・ネ」「ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウ」の11神、さらにはクニサツチとトヨクンヌまで含める場合もある。


トヨクンヌの次の世代が「ウヒヂニスヒヂニ」であるが、これはクニトコタチに含まれることはない。
 
この区別は何かといえば、ウヒヂニスヒヂニは夫婦神なのである。ここにはじめて男と女が現れる。少し人間味を帯びる。それより前はみな独り神だった。ここに一つの大きな区切りがある。


したがってクニトコタチは、最も広い意味では「ウヒヂニスヒヂニより前の、世にまだ男女の別が無かった世代の独り神の総称」ということになる。
 
そしてクニトコタチの第一号がミナカヌシである。この神人はホツマでは「初めて肉体に宿って地上に降りた神霊」という重要な位置付けを持つ。


記・紀はそこから話が始まるが、ホツマ・ミカサにはそれ以前の話がある。つまり地球や人が出現する前の「天上界・非物質界」における創世紀である。
 
この創世紀は、ホツマ・ミカサが教えの根幹として最も重視した部分と思われ、全編の7ヶ所以上に登場する。「あめなる道」の源もここにある。


空間も時間もなく、物質も非物質も、正負も陽陰も何も無い中に、唯一あったのは「アメノミヲヤ」の意識だった。
 
アメノミヲヤは他の文献には登場せず、二号は「陽陰の上祖」と漢字を当てている。理由はすぐにわかる。
 
この意識は全創造の第一原因であり、いわゆる創造神・根源神である。


ある時、アメノミヲヤは生みの意志を持つ。 この「生みの意志」を「ウイのヒトイキ (生の一意気・初の一息)」と表現している。
 
ミヲヤの生みの意志は、「あもとかみ (天元神)」という8体の神霊を生む。
 
「生む」というのは「分け身を作る・身を分ける」のと意味は同じである。


8体の天元神はミヲヤの単なる分身ではなく、それぞれの属性に僅かな偏りがあった。半数の4神は「陽」に、他の4神は「陰」に偏っていた。
 
「陽陰」とは「相反する性質を持つ一対」という意味で、「正負・上下」と言っても同じ。
 
天元神は水に油が浮かぶように、意味なく漂っていた。

「アメノミヲヤ」や「天元神」を人間型の神にイメージしてはいけない。
 
これらは形を持たない意識で、変幻自在のエネルギー体と考えるべし。


天元神の僅かな陽陰属性の偏りは、しばらくすると、混然と漂う8神霊に時計回りの回転運動を生じさせる。
 
時と共にその回転はしだいに速度を増してゆき、その回転軸に一本の柱が立つ。
 
この柱は竜巻をイメージするとわかりやすい。この柱を「天地届く御柱」あるいは「中串」と呼ぶ。


高速で柱を回る過程で、天元神は「アワ (泡)」と「ウビ (泥)」に分かれる。
 
これは回転運動により、重い成分が下 (地) に沈み、軽い成分が上 (天) に昇ったことを意味する。
 
泡と泥はさらに精製されてくっきり分離し、ここに泡には陽の、泥には陰の性質が顕著に現れる。


陽の泡は軽く動き回り、「空」「風」「火」に分かれる。これらが非物質・空間・気体をつくる。またこれらは天となる。
 
陰の泥は重く内に凝って「水」と「埴」に分かれる。これらが物質をつくる。またこれらは地となる。
 
そして陽の核心部が太陽となり、 陰の核心部が月となった。


そして陽の「空」「風」「火」と、陰の「水」「埴」、この5つが交わって「人」が生まれる。
 
これがミナカヌシ (天御中主神) であった。
 
「空・風・火・水・埴」の5元素は、別称を「あ・い・う・え・お」と言い、日本語の5母音となっている。


これはまさに陰陽五行思想である。
中国のものとは内容が違うが、こちらがオリジナルだろうと思う。
 
日本の太古の陰陽五行思想が大陸に伝わり、その後あちらでいろいろいじくられて、日本にオリジナルの思想が失われた5~6世紀頃に逆輸入されたのだと推察している。


このオリジナルの陰陽五行思想は、「ホツマツタエ」「ミカサフミ」「フトマニ」全編の奥に流れる背景思想である。
 
常にこれを念頭に置いて読まないと、言葉の奥・裏にある内容を読み取ることが難しい。
 
天=陽=男=日=昼=明=高=清=貴
地=陰=女=月=夜=暗=低=穢=卑

「こよみ(暦)」の古称に「かよみ」と「ひよみ」があり、共に「日読み」に解釈されている。
 
二号は「日夜見」と解釈する。「日夜見」は「陽と陰を見るもの」つまり「日と月を見るもの」である。
 
天文・暦数などを扱った者を陰陽師と呼んだが、「いんよう」=「ひよ」なのだと思う。


もう一つ注意すべきは、ホツマの陽陰と5元素による創世紀も、この世に居る人間が何とか理解できるための喩えに過ぎない、ということだ。
 
物質界の人間にあの世のことを説明するのは、生来の全盲者に色の説明するのに等しい。
 
だから杓子定規に理解するのはバカげてる。柔軟さが要る。


それでホ2文の始めにこうある。
 
いにしえの あめつちうひの
きはなきに きさしわかるる
あうのめを をはあめとなり
ひのわなる めはくにとなり
つきとなる かみそのなかに
あれまして くにとこたちの
とこよくに

いにしえの 天・地・泥の
際 無きに 萌し分かるる
アウの陰陽 陽は天となり
日輪 成る 陰は地となり
月と成る 神 その中に
現れまして クニトコタチ
トコヨ国
 
泥は初かも;
アウは陽陰の元になった「アワウビ (泡泥)」の略;
神はミナカヌシ;

「トコヨ」は「先行する時代」という意味で「クニトコタチの時代」と同義。それはまた「ウヒヂニスヒヂニより前の、世に男女の別が無かった時代」ということになる。
 
「とこ」は「とっくに~した」の「とっく」と同じで「とく(疾く)」の名詞形。
「よ」は「代」で「区分」を表す。

また「クニトコタチ」は
 
「くに (地)」+「とこ (疾)」+「たち (立ち・起ち)」
 
「地に先行して立った (起った) 者」という意味になる


だから「トコヨ国」とは「先行する時代の国々」「独り神の時代の国々」という意味だ。
 
ところが時を経て人皇の時代になると、「トコヨ」はホツマ国・ヒタカミ国のことを言うようになる。ヤマトの政権が及ばない東国をトコヨと言うようになったようだ。


@gejirin1 Twitter 2014/02/02

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 ホツマツタヱが記す「始原神」は「アメノミヲヤ神(天御祖神)」です。人類の始祖であるだけではなく、全宇宙・全生命・全存在の「始原」であるように記されています。
 ホツマには、「アメノミナカヌシ神」「アメトコタチ」「クニトコタチ」という始祖神も、その後に登場します。それらの「はじめのはじめの神々」について駒さんが説明した小考です。
 天御中主神、天常立、国常立の「三柱」の神々の捉え方も難解なのに、さらに「トホカミヱヒタメ」という「アモト神/ヤモト神」(天元神/八元神)という八柱の神々も出現し、それらをどの様に整理して理解すれば良いのか、極めてややこしいところです。
 この駒さんの小考では、丁寧にそれら神々の相関性・位置関係を解説してくださっています。
 例えば、「トコタチ」の「トコ」は、漢字文献で「常」と表記されるので、「永久不変性」の意味に引きずられがちです。駒さんは、「トコ」に「トク(疾く)」という動詞の原理を当てはめて、「先立つ」と云う意味の重要性に着目されています。読解のヒントですね。(とらさん的には、永久不変と先天先行のどちらの意味も掛けられていると考えていますが、、、)

 人間を含めて、すべてのイノチの誕生には、「メヲ」即ち陰陽原理と、「空風火水土(ウツホ・カゼ・ホ・ミズ・ハニ)の五大要素」が関わっており、各々その配分に違いがあると記述しています。ただこれらの説明は、
>物質界の人間にあの世のことを説明するのは、生来の全盲者に色の説明するのに等しい。<
 ので、杓子定規に理解しようとすることはバカげていると、駒さんは、注意を喚起しています。注意を要しながらも、ホツマツタエの世界観を読み解くには、とても大切な基本認識です。

ホツマツタエ/ほつまつたゑ/秀真伝 解読ガイド

本稿とは関わりがありませんが、わっしは折口信夫は好きになれないのですが、柳田國男はお気に入りです。このチャンネルもお気に入りです。