ホツマ標(しるべ)~ホツマ読み解きのへそ~① 「イサワ宮」

アマテル大御神は、トヨケ大神からマツリゴトの奥義(ミチノク)を学び、富士山麓ハラミの地に帰還します。この地に新たに「靖国宮=おおやまとひたかみのやすくにのみや」を建て、執政しました。その後、トヨケ大神の神上がりに接し、思うところがありオモイカネ神に命じて新宮を建造し、イサワに遷ります。マツリゴトの表舞台から隠居した後も、この地に留まり、タカマを後見し、膝元では民衆教育に努めます。隠居後のイサワの宮は、仙洞御所の元祖にあたります。
イサワの地を今日の何処に比定するかについては、本誌でも重ねて論じられてきました。志摩国一宮として、今日、磯部町の伊雑宮と鳥羽の伊射波神社が、並び立ちどちらも趣のある古社です。また、伊勢市磯町の磯神社も海陸の交通要地にあり、タカマ鎮座にふさわしい立地です。
本論考では、「現在の外宮=イサワ宮」という立場に立って、このイサワ宮の比定地論を考えてみたいと思います。
研究者の駒形一登氏は、
「1.志摩郡磯部町にイサワ宮が在ったとすると、この地からは伊勢神宮(内宮*筆者註)は北西にあり、イソベの宮に居たヤマト姫への報告に『良き宮所 南にあり』36文 とあるのはおかしい。
2.『君はツクシの タカチホぞ 我はイセの南 ナカタガワ』24文 この発言の時点ではイセはイサワを指すので、ナカタガワを宇治の猿田彦神社の辺りと見れば、イサワはその北方ということになる。
3.ホツマのその他の記述から、イサワ宮と二見浦は地理的に近かったと推察される。志摩郡磯部町ではやや遠いと思うのである。」
と指摘して、磯神社(伊勢市)を推しています。
確かに方角の要件は重要です。わたしは、これに加えて
4.古代の伊勢志摩の地形考察と交通路
5.イサワ遷宮の直後にある「オシホミミ生誕」の記述
6.アマテル大御神が祭祀した対象の「名残」
を考察してみます。
まず、古代、海面は現在より高いところにあり、海岸は大きく内陸に入り込んでおり、河口は三角州として地盤軟弱な湿地帯を形成していました。タカマの立地としては、津波や河川氾濫に影響されない安全性と、施政伝達のための交通利便性が重要です。古代の交通手段は「船」と「馬」ですが、特に海船の安全な港の確保は、重要な要件であったでしょう。この点で、外宮の立地は小高い安全地帯にあり、伊勢湾の入り口監視に適し、鳥羽の良港にも近接する一方で、大井川、天竜川、木曽川等の大河に足止めされずに、近江や大和、丹羽へと馬を飛ばせる立地です。
つぎに「オシホミミ生誕」地ですが、これは、当然ながらイサワ宮の「奥殿」にあったはずです。
『ムカツ姫 フチオカ端の オシホヰに 産屋の耳に 生れませる オシホミの御子 オシヒトと』6文
とあり、フチオカの地名がありますが、
【藤岡 (縁丘)。「縁 (イサワの端っこ) にある丘」の意。
伊勢山田の豊受大神宮の正宮の、西方約250mにある藤岡山。(駒形)】とあるように外宮にその丘はあり、
外宮所管社に上御井神社【藤岡山の麓にある。社殿はなく御井覆屋が造り立てられている。一般には参拝できない。(駒形)】という聖なる井戸の神が鎮座しています。
『風雅和歌集』に載る歌に、
世々を経て 汲むとも尽きじ 久方の
天より移す をしほ井の水 とあるそうです。
最後にアマテル大御神の祭祀対象ですが、アメミヲヤカミ天御祖神をお祭りになったことは当然でしょうが、何しろ教えの父トヨケ大神の崩御の後に遷宮した宮殿です。まず、懇ろにトヨケ大神(豊受大神)を祭られたはずです。そして、実の父イサナギ神(多賀大神)をお祭りになったことでしょう。
皆さまご存じのように外宮の主要な祭祀対象は、まさにこの二柱なのです。
外宮の創始に関しての定説は、
804年(延暦23年)に編纂された社伝『止由気宮儀式帳』によれば、雄略天皇の夢に天照大御神(内宮祭神)が現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の等由気大神(とようけのおおかみ)を近くに呼び寄せるように」と神託した。(ウィキペディア)
と云うものです。
ホツマの時代においてさえ垂仁天皇の御代には、イサワとイセの伝承は都(大和国)では幻のようになっていたのです。当地(伊勢志摩)の民は語り継いでいたと思いますが、あまりに「畏れ多い」故に禁足の地としていたはずです。
「仙洞御所」(上皇の御座所)の「仙洞」の字は支那からの逆輸入とわたしは考えています。
イサワ宮は、生きたまま護国神となり丹羽の洞に籠もられたトヨケ大神と、アマテル大御神が崇高なる霊的対話をなさりつつ、この国のヤスクニとミモスソを願ってマツリゴトをされたお宮であったのです。
(駒形一登『ほつまつたゑ解読ガイド』参照)
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↑ この神前祝詞の意味は奥深いものがあります。トヨケ神→倉稲魂神の解明理解がとても重要です。
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令和6年の投稿は、これで終わりです♡ おつきあい頂ありがとう。
明日は大祓、新年には元旦祭への供奉があり、三が日の投稿はないと思います。
みなさま佳い年をお迎えくださいませ。
湘南吾妻山の北の丘より
いつも心に哥と光を とらさん